オンラインサロン「 Little Sky 」 こちら

在り方で選ぶ、これからの学びとのつきあい方

「学ぶことが好きです」って聞くと、なんだかすごく素敵に聞こえる。

だけど、あの頃の私は——
“自信のなさ”を隠すために、学び続けていた。

目次

「学び沼」に落ちていたあの頃

あれはたぶん、36〜37歳の頃。
とにかく、あらゆるセミナーや講座に通っていた。

「もっと深めなきゃ」
「これも必要なんじゃないか」

そう言いながら、資格・本・ワークショップ……

気づけば使ったお金は、1000万円近かったかもしれない。

ジャンルは関係なかった。
とにかく「学べるもの」には片っ端から申し込んだ。

知識は増える。
仲間もできる。
一緒に学ぶ時間も、楽しかった。

だからこそ、止まらなかった。

でも今、はっきりわかる。

インプットばかりで、アウトプットがなかった。
学びを“誰かに渡す”ことをしていなかった。

それは、自信のなさを埋めるための“行動”だった。

その自分と向き合わないために、予定で時間を埋めていた。
誰にも、何も、言われないように。

いちばん言われたくなかったのは、自分の本音だった。

学びは増えたのに、心だけが置いていかれていた。

「誰が言うか」で、学びの温度が変わる

そんな時期を越えて、ある日ふと思った。

「この人の言葉って、なんでこんなに届くんだろう?」

講座の内容や知識の量じゃない。
“誰が言うか”が、一番大きい。

その人が、どんな経験をして、
どんなふうに気づいて、
どんな言葉で語っているか。

知識をなぞるのではなく、
体験から自分の言葉になった“在り方”があるかどうか。

それに気づいてからは、講座の中身よりも、
その人の在り方を見るようになった。

そして自分自身にも、問うようになった。

「私の“在り方”って、どうだろう?」

ちょうどその頃、
恋愛やパートナーシップの相談を、受けることが増えていた時期だった。

でも、当時の私自身の関係は…
うまくいってるとは言えなかった。

「このままでは伝えられない」
「まずは自分と向き合わなきゃ」と思った。

そして離婚を経験し、
長い別居や葛藤の中で感じた寂しさ、痛み、
本当に欲しかった言葉、伝えたかった本音——

そのすべてが、今の言葉になっている。
誰かの痛みに寄り添える自分に、つながっている。

学ぶなら、“もうある私”で

今の私は、こう思っている。

学びって、“足りない自分”を埋めるためのものじゃない。

やってみたい。
知ってみたい。
「これ、好きかも」って思えることだけ、選ぶ。

“もうある私”で学ぶ。
だから、楽しい。

学ぶことで「もっと深まる」感覚があるし、
人生の彩りが増えていく。

真似するなら、“なりたい人”だけ。

学ぶときに、もうひとつ大事にしていること。

「誰から受け取るか」

ノウハウ先生ではなく、
リアルに“今、そのフィールドで光っている人”

見ていて「心地いいな」「好きだな」と感じる人。
それが、私にとってのサイン。

言っていることが同じでも、
その人がどんな体験を経て、
どんな言葉にたどり着いたか
で、
伝わり方の深さがまるで違う。

自分が「こう生きてみたい」と思える人。
その人がどんな在り方でそこに立っているか。

共鳴する人に出会えたら、
もう学びの数は必要なくなる。

深さで満たされていくから。

最後に。

学びは、誰かに話を聞いてもらう場じゃない。
寂しさを埋めるためのものでもない。

もちろん、学びの場には出会いがある。
でも、本当に一生大切にしたいご縁に出会えるのは、一握り。

だからこそ、
どんな出会いを大事にしたいか?
どんな人と心を交わして生きたいか?
その目を育てておくことの方が、大事。

そうすればもう、
「学ばなきゃ」と焦っていた、あの頃の私とは違う。

今は——

“もうある私”が、人生を楽しみ、
人としての器をひろげるために、学んでいる。

学びとは、
自分の“これまで”を肯定した上で、
“これから”を静かに楽しむためのもの。

りんごろ

最後まで読んでくれてありがとう
「心の温度が2°C上がる」Little Lettersの登録▼もお待ちしています♪

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次