
ケンカって、だいたい内容より先に、
温度が崩れるんだよね。
正しさがぶつかったというより、
「わかってほしかった」が、こぼれただけ。
本当は、
自分の心に棘が刺さって痛んでいるのに。
仲直りの最初の一手は、
「正しい言葉」で伝えるんじゃなく、
自分の中の“悲しかった”に気づくところから。
悲しみとは?
こんな言い方をしたら、
「そんなまとめ方をしないでほしい」って思うかもしれないけれど、まずは言っておくね。
「悲しい」という感情も、
人生で味わえる豊かな感情のひとつ。
…でもさ。
悲しい出来事なんて、できれば起きないでほしいよね。
それでも悲しみが湧くとき、
たいていその奥には“願い”がある。
大事にしたかった(されたかった)
分かち合いたかった
同じ場所にいたかった
本当はこうしてほしかった
その願いから離れた出来事が起こると、
「そうじゃない、それじゃない」と感じる。
それが悲しみ。
別の角度から眺めると、
「そうじゃない、それじゃない」と感じた瞬間こそ、
「あ、私、本当はこれが欲しかったんだ」って
本当の望みに触れられるタイミングでもある。
だからね。
悲しみに流されっぱなしって、実はもったいない。
気づけたら、豊かさに変えていける。
多くの人はこれをやっちゃうけど、
「悲しみ」は、関係を終わらせる爆弾として扱うものじゃないの。
自分の望みに気づいて、
悲しみをあたためて、
関係をもう一歩近づけるための感情なんだと思う。
悲しみを放置すると、別の顔になる
一方で。
「悲しみ」を放置すると、別の顔になる。
怒りになったり、
皮肉になったり、
攻撃になったり、
無視になったり。
だから大切なのは、
「私は今、悲しい」と気づくこと。
そして、それを素直に伝えること。
事実を伝えることは、誰かを傷つけるためじゃない。
お互いを知るための材料になる。
伝えないまま、心と表情がちぐはぐになっていくことがある。
東北弁で言う「あっぺとっぺ」みたいに。
(私も最近知ったんだけど・笑)
笑っているのに、悲しそう。
泣きそうなのに、笑っている。
これが続くと、
自分も慣れていくし、
周りもそれがあなたの“普通”だと思ってしまう。
心ではずっと寂しいのに、いつも笑っている——
そんなことが日常になる。
でも本質はシンプル。
あっぺとっぺをやめればいいだけ。
ケンカで最初にすることは、相手を動かすことじゃない

ケンカで最初にすることは、
感情をぶつけることでも、抑えることでもなく、
相手を変えようとすることでもない。
自分の本音を拾って、喜怒哀楽のどれかを言葉にすること。
「今、私はとっても悲しい」
「本当は、寂しい」
「もうわけがわからないくらい腹が立ってる」
それだけでいい。
「今、こういう状態です」って。
それが言えるとね、なぜだか少し楽になる。
感情を別モノに変えてごまかさなくてよくなるんだよね。
あっぺとっぺにしなくていい。
ただ、そのまま味わえる。
ケンカは、すぐに解決しなくていい。
相手を理解しようって無理に“大人”にならなくていい。
振り回されなくていい。
相手が意味のわからないことを言っているときは、
相手もまた、言葉にできていないだけかもしれない。
相手も相手で、あっぺとっぺなのかもしれない。
これを読んでいるだけで、少しやわらぐ感じ、しない?
ねえ、こうやって整理してみるだけで、
なんとなく気持ちがやさしくならない?
「あー、そうなのかもなぁ」って、
自分を丸ごと受け止めてあげられる感じ。
だからね。
感情的にならなくてもいい。
相手の言っていることがよく分からなくてもいい。
うまく寄り添えなくてもいい。
あなたがただ話を聞いて、そこに“いる”だけで、
それは癒しになることがあるんだよね。
怒っている人が目の前に現れたとき
たとえば、自分が落ち着いているときに、
目の前にすごく怒っている人が現れたとする。
その怒りの原因がどうやら私のことらしく、
言葉が攻撃みたいに飛んできたとしても、私はそのエネルギーに交えない。
まず「え、どうしたの?」ってなる。
話を聞く。
「あ、この人、怒ってるんだな」って分かる。
こちらに悪気がなかったとしても、
受け取り方が違ったのかもしれない、と見られる。
でも相手が怒りの真っ最中なら、説明は届かないことがある。
だから私はこう聞く。
「落ち着いたら、また話せる?」
相手の怒りの奥に、
自分では扱えないくらい育った悲しみがあることもある。
心の棘どころじゃなくて、
心臓に突き刺さっているみたいな悲しみ。
そのとき、こちらができるのは、
まずその悲しみが薄まる方へ空気を整えること。
うんうんって聞くこと。
説明は、あとでいい。
りんごろただし、気づくことも、心を変えることも、本人にしかできない。
呼吸が自分にしかできないように、ね。
長く付き合う相手なら、
悲しみをモンスターみたいに育ててしまう道筋を、少しずつ変えていく必要がある。
でも、「私はそちらには行きません」と決める場面もある。
「もう無理だ」と思うときもある。
そのときは、決めていい。
決めれば、必要な距離はちゃんとできていくから。
…仲直りの話に戻るね。
仲直りの最初の一歩は「安心を返す合図」
仲直りの最初の一歩は、
自分も相手も、ただ受け止めること。
“何を言うか”より、“どんな安心があるか”が先だと思う。
安心が先に戻ると、
相手の中の警戒が少しだけゆるむ。
そして、自分の中の棘も少し抜ける。
ここで大切なのは、完璧じゃなくていいということ。
不器用でいい。
「やっぱり一緒がいい」という安心が伝わればいい。
使える言葉の例(そっと差し出してね)
「さっきは言い方がきつかった。ごめんね」
「いま、私は悲しかった」
「いったん落ち着こう。あとで話せる?」
「あなたを大切に想う気持ちは変わらない」
説明や正論は、落ち着いてから。
最初は“安心が戻る言葉”を置くだけで。
さいごに
ケンカのあと、仲直りの最初の一歩は、
「正しい言葉」じゃなくて、
自分の中の「悲しかった」に気づいて、伝えて、安心を少しだけ返すこと。
上手にできなくても大丈夫。
仲直りは、才能じゃなくて、「一緒がいい」という想いが育てていくものだから。
ふたりの間に、また温もりが戻りますように。
悲しさに気づけた日は、もう仲直りが始まってる。



