
『愛され力』という本を、いま書いています。
ずっと、本を書く気になれませんでした。書きたいことがなかったわけではありません。言葉にしたいことも、残しておきたいことも、きっとたくさんあったのだと思います。
けれど、「誰に向けて書きたいの?」と自分に聞いたとき、その人の顔が、なかなか浮かばなかったのです。
そんな私がようやく書き始められたのは、昨年、孫が生まれたことが大きかったのだと思います。小さな命がそこにいるだけで、大人たちの表情がふっとゆるむ。泣いていても、寝ていても、ただ存在しているだけで、まわりの空気をやわらかくしてしまう。
ああ、子どもって希望でしかないんだなあ。
心から、そう思いました。そして、ふと思ったのです。
私たちも、きっとそうだったはずだなって。
誰かにとっての希望として、この世界に生まれてきたはず。そう思ったとき、いつかこの子にも読んでもらえるようなものを残したいと思うようになりました。
命には限りがあるから、長い時間を一緒に過ごすことはできないかもしれません。でも、想いを残すことはできる。
そう思ったとき、ようやく私は、書ける気がしました。
『愛され力』は、そんなところから生まれている本です。
この本は、私自身の記憶や感覚を土台にしながらも、すべてがそのまま事実というわけではありません。実際に感じてきたこと、心に残っている景色、身体が覚えている手触り。そこに物語としてのフィクションも重ねながら、一冊の本として編んでいます。
だからこれは、自分の人生をそのまま並べた本というより、私の中にある「愛される力」の感覚を、物語のかたちでたどり直している本なのだと思います。
書き始めたとき、私は「もう書くべきことは、ぜんぶ自分の中にある」と思っていました。50年以上生きてきて、たくさんの人を見てきて、たくさんの言葉を交わしてきた。その中にあるものをすくい上げていけば、ちゃんと一冊になる。
そう思って、書き始めたのです。
でも、書いていくうちに、書く前の自分と、書きながらの自分が、ぜんぜん違うことに気づきました。
今日は、そのことを書いてみたいと思います。
第1章は、すうっと書けた
第1章のテーマは「素直力」。幼いころの記憶や感覚をもとにした章です。
書き始めたら、不思議なほどスルスルと言葉が出てきました。家の前を流れる小川の音。夕方に届く鐘の音。台所からただよう、お醤油の匂い。そういう小さな景色や感覚が、ひとつずつ立ち上がってきたのです。
「ああ、私の中には、こういう手触りが残っていたんだな」
思い出すというより、からだの奥にしまわれていたものが、順番に出てきてくれるような感覚でした。
それは、事実を正確に思い出すというより、あのころ感じていた世界の温度に、もう一度ふれるような時間でした。
第1章は、そういう章になりました。
ところが、第2章で手が止まった
次に進もうとした第2章。テーマは「選ぶ力」です。
ここで、私はぴたっと止まりました。
最初に書いた原稿を読み返すと、出来事はちゃんと並んでいました。流れもあるし、物語として進んではいる。けれど、そこにいるはずの主人公の内側が、どこか遠くに感じられたのです。
何が起きたかは書けている。けれど、そのとき何を感じ、何を飲み込み、何を選ぼうとしていたのか。その深いところに、まだ言葉が届いていない気がしました。
第1章には、幼いころの空気や手触りがありました。景色も匂いも、からだの感覚も、自然と立ち上がってきた。
でも第2章に入った途端、その五感のようなものが、ふっと薄くなっていたのです。
「あれ? 私、ここから先の感覚を、まだちゃんとつかめていない」
そう気づいたとき、書く手が止まりました。
書けなかったのは、出来事ではなく「内側」だった
止まっていたのは、物語の展開ではありませんでした。むしろ、出来事だけなら書けるのです。
でも、それだけでは足りなかった。
その年齢の主人公が、どんなまなざしで世界を見ていたのか。何を言葉にできずにいて、何に反応し、何を守ろうとしていたのか。そこに触れないまま進めてしまうと、ただのあらすじになってしまう。
私はそこで、書きながら気づきました。
第2章で書こうとしていた時期を、これまでどこかで「そういう年頃だったから」と、ひとくくりにしていたのかもしれないと。
でも、人の心は、そんなに簡単にひとくくりにはできません。
揺れたことにも、閉じたことにも、選べなかったことにも、その人だけの理由がある。外から見れば小さなことでも、本人の中では、世界の見え方が変わるほど大きなことだったりする。
そこを雑に通り過ぎてはいけない。
そう思いました。
書くことで、見えていなかった輪郭が見えてくる
書き直しながら、私は何度も立ち止まりました。
この場面で、本当は何が起きていたのだろう。
この子は、何を守ろうとしていたのだろう。
言葉にしないまま、どこで自分を閉じたのだろう。
そんなふうに問い直していくと、最初に書いたときには見えていなかった輪郭が、少しずつ浮かび上がってきました。
同じ出来事でも、どこから見るかで意味が変わる。覚えていることと、その意味がわかることは、まったく違う。
書く前の私は、その時期を「物語の中のひとつの通過点」として見ていました。でも書きながらの私は、そこに、主人公にとっての大切な分かれ道があったのだと気づき始めていました。
書くって、こういうことだったんだなあと思います。
すでに知っていると思っていたことを、もう一度、知らないものとして見つめ直すこと。そして、見えていなかった心の動きに、あとからそっと言葉を渡していくこと。
それは、思っていたよりもずっと静かで、深い作業でした。
本を書くことは、自分をわかっていくことだった
『愛され力』は、私の中にあったものを「並べて出す本」だと思って書き始めました。
でも、書いていくうちに、これは「並べる本」ではなくて、「自分がもう一度、自分のことをわかっていく本」なのだと感じるようになりました。
物語を書いているはずなのに、書きながら私自身も変わっていく。主人公の心の奥に降りていくほど、私の中にあった記憶や感覚にも、もう一度光が当たっていく。
完成したときには、たぶん私は、書き始めた私とは少し違う人になっているはずです。
本を書くというのは、完成した言葉を差し出すことだと思っていましたが、本当は、書いている途中で、書き手自身も何度も受け取り直しているのかもしれません。
完成まで、もう少しです
『愛され力』の発売日は、6月20日。いま、第4章まで進んでいます。
書きながら、まだまだ私も変わっていくのだと思います。そして、この本が誰かに届くころ、読んでくださる方の中でも、何か小さな記憶がそっとほどけるかもしれません。
「あのときの私は、あれで精一杯だった」
そう思えるだけで、人生の中の過去の景色は、少しだけあたたかく変わっていくから。
完成までの旅、よかったら一緒に歩いてもらえたらうれしいです。
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本には書ききれなかった、「物語の少し奥」も、一緒に受け取ってもらえたら嬉しいです。
あなたにこの本が、そっと届いていきますように。




