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え?そんなことある???の連続だった一年半

昨年、9年間付き合い続けた長男と彼女ちゃんが結婚した。

長男はその前に仕事も変え
先に大阪から福岡へと旅立った。

・・・
・・

のだが、

彼女がその後、
長男と結婚生活を育むことはなかった。

突然、
「別れたい」という言葉を告げに福岡に来た。

そこから
あれよあれよと
事実が明るみになる度、

「え?そんなことある???」
の連続だった一年半。

その間、長男は躁鬱を繰り返し
私は彼と向き合い続け
しばし体調を崩すことが続く月日になった。

私に甘えることがなかった長男が、はじめて私に泣きついた。

まぁ・・・
色々なことがあったが、過ぎたことはもういい。
 

その間、私が感じ続けていたことは

「なぜ、このようなことが起きたのか?」
「ここにどのようなメッセージがあるのか?」

これは長男にとってだけじゃなく、
つながるわたし達家族にも
必要なメッセージがあるとして

そして
客観的に出来事を見つめるためにも
一旦、契約の仕事以外は行わないことにして、時間も体力も確保した。

小さな違和感を見逃さないこと

彼女が大阪に残って
仕事の引き継ぎをしていた期間、

私が仙台から大阪に行ったときは
次男、娘、そして彼女と食事をすることが何度かあった。

そんなある食事のとき、
彼女は私の目の前に座っていたのだが
心ここに在らずで様子が明らかにおかしいと感じたことがあり

長男にも
彼女のご両親にも
「大丈夫?」と尋ねてみたが
「大阪から離れることが寂しいのだろう」と返された。

仕事柄もあり
あの「心ここに在らず」が
どういった類いのものか検討がつくから
気になって仕方なかったのだが

長男やご両親より
私は彼女に近い存在ではないと自分に言い聞かせ
違和感からは一旦離れることにした。

今、思い返して
あの時の違和感を見逃さなければ、という後悔はない。

それは「彼女が選んだ人生の選択」だから。
 

その時は
わたし達家族にとって
彼女は「大切な人」。

けれど
彼女にとって
その時はもう
わたし達家族は「大切な人だった」に変わっていたということ。

だから心ここに在らずになるよね。
身体は一緒にいても、心は遠く離れていたということ。

違う世界に行った彼女を
わたし達は、後にひとつずつ知ることになっただけなのだ。
  

人生の中で
結婚や離婚ということは何度もあることではなく
自分の人生にとって大きな影響を及ぼすことだから

小さな、小さな違和感であっても
敏感であることは、ものすごく大切
だし、

何度もないことだからこそ
丁寧に丁寧に自分の本音と少しもズレていないか、常に対話した方がいい

後の人生の何年間、
もしくは何十年間、
望んだ世界ではない
ズレた世界で生きることになるから。
(それもある意味必要な経験だろうが。)
 

ここまで書くと
長男を気にかけてくださる方もいると思います。

今は、自分の歩む道を見つけ、
仕事も趣味も学びも余白も笑いも健康も、目一杯大切に毎日を過ごしています。

また、ぶくぶく太ってきたしね(オイ)

大切な人が落ち込んでしまったら

この一年半ほど
悲しみを感じた時間はなかったかもしれません。

変わってあげられないって、しんどすぎました。

その度に立ち戻る場所は
私が幸せを感じる状態 でした。

やはり!!!!!
幸せな人しか
誰かを引っ張り上げることはできないと思い知りました。

いつも温かな心でいられたら
それだけで周りの人に伝染し、みんなで幸せな世界に居られる。

そのためにダーは
私を海外に連れ出してくれたり、
大好きな南仏に飛ばしてくれたりもしました
  

そして偶然にも
娘の成人式ということで
前撮りの機会を2回もいただき
全国から家族が集合して楽しすぎる撮影時間を過ごしました。

自分の中だけで我慢せず
いちばん温かな心を感じられる人達や世界に包まれるって大事です!
 
 

私は誰?

一年半の間
改めて

ということを考えるようになりました。


落ち込んだり
体調が悪くなったりも、逆に良かった。

これまでの50年以上、
ありったけの力を差し出して
心も身体も「ど根性」でがんばらせてきたんだなー
ということをすべてで理解できたから。

もしかしたら
長男は、その私を知らず知らずの間に引き継いだのかもしれません。

で、
これは絶対、継承してはいけないよね!!!

今回の悲しい出来事は
家系・血統の残像だとして
すべてを受けとめて過ごした分、天に昇華しました。

 
今は、安心と温かさという
私がいちばん望んでいたであろう源泉が
真ん中で溢れ流れていることを、実感しながら生きています。

瞬々のhappy・funny・lovelyを
毎日の中で受けとりながら生きていけるのは

ダーのおかげであり、
家族や大切な人たちとの絆でもあると
心からの感謝をいつも感じています。

そしてそして
私を包んでくれ、
がんばってきてくれた
私の身体そのものにも感謝

そんなミドルエイジの人生を歩いています。
  

本当はね、
こういう悲しいことを残し、
ネットという場所で流れることについて
「悲しみを拡散させることにならないか?」と何度も考えました。

でもこの記事は
「私は誰?」
「これから何を大切に生きる?」
という表現のひとつで

私は
「りんごろ」そのものでしかなく
 
いちばん温かな心で愛してしまう、存分に
を大切に生きることを
刻んでくれた出来事だったので綴りました。
 
最後まで読んでくださってありがとうございます。

りんごろ

最後まで読んでくれてありがとう
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