
今年の4月に、「今の私が思う、しあわせのかたち20」というブログを書きました。

今の私が、しあわせだなあと感じることを、20個ぽつぽつと書き出してみたんです。書くだけでも、しあわせでした。
でも書き終わったあと、これをひとつずつ、もう少しだけ深く話していきたいなと思うようになりました。
ポッドキャスト「Little Talk」のなかで、20個のしあわせのかたちを、ひとつずつ、りんごの皮をむくように紐解いていくシリーズを始めました。ここでは、そのお話を文章にしてお届けしますね。
ひとつ目のしあわせのかたち
ひとつ目のしあわせのかたちは、これです。
自分のひらめきや想いが、今につながっていること。
ひらめきや、ふっと湧いた想いが、気づいたら今の自分につながっている。そういう瞬間が、私の日常には実はけっこうあります。
新月の日に、天に預ける
たとえば、新月の日。
新月は、私のなかでは、お願いごとをそっと天に預けるタイミングでもあります。
「これはもう、天にお願いしようかな」
そんなふうに、自分の手から、ふっと預けることがあります。
預ける、というのは、握りしめていたものを少し手放してみる感覚に近いです。自分の手だけでどうにかしようとすると、気づけばぎゅーっと力が入って苦しくなってしまうから。
そういうときは、一度、自分の手から離してみる。
なくしてしまうわけじゃない。忘れてしまうわけでもない。大切に思ったまま、ガチガチに固めるのをやめてみる。そんな感じです。
毎日のように、月を眺める

最近、毎日のように月の写真を眺めています。
親友に、月の写真を撮っているとても素敵な女性がいて、その親友が撮った月を、私はよく見ているんです。
月って、満ちては欠けて、また満ちて、また欠けていく。見え方は変わっていくけれど、ずっと空にあって、ずっと動いている。見えない日もあるけれど、でもちゃんと、そこにある。
そのリズムに触れていると、「人間って小さいなあ」と素直に思えます。
もちろん、人間には人間の感情があって、悩みもあって、どうしてもぎゅっと握ってしまうことはあります。
でも、月の大きな流れを感じていると、
「この大きなものに、預けてみてもいいんじゃない?」
そう思える瞬間が、ふっとやってくるのです。
三日月のかたちのバッグ
具体的な話を、ひとつ。
最近、左肩がちょっと凝っているんです。
私はバッグに荷物を入れがちで、しかもいつも左肩にかけてしまうから、それも負担になっていて。
「もう少しコンパクトに、斜めがけできるバッグがあったらいいな」
そんなふうに思っていました。
でも、なかなか「これだ」と思えるものには出会えなくて。そのあいだも、私は毎日のように月の写真を眺めていたんです。
そうしたらある日、インスタの広告にふっと出てきました!!!まるで三日月みたいなかたちのバッグが。
しかもそれが、私が生まれた日の空にあった三日月、『六日月』とほとんど同じかたちで。
見た瞬間、「えっ」となり、興奮しました。
(広告にここまで心を持っていかれる日が来るとは。笑)
ずっと月を眺めていた感覚と、軽やかに荷物を持ちたいという小さな願い。そのふたつがひとつになって、目の前にかたちになってあらわれた。
「あ、これ、私の探していたものだ」
そう思えた瞬間でした。
思いがけないタイミングで、ぽんと返ってくる
似たようなことは、ものだけではなく、人にも、仕事にも、よく起こります。
今朝も、子どもたち元気にしているかなあと思っていました。特に次男は地方に行ったばかりなので、「慣れない暮らしは大丈夫かな、元気にしているかな?」と。
そうしたら何時間か後に、ちょうど電話が来るんですよね。
こういうことって、ありますよね!
今、私は本を書いているのですが、それも同じでした。
「本を書きたいな」とずっと思っていて、最初は、「こういう本を書いてほしい」と望まれているものを書こうとしていました。それはそれで、いいかなと思っていたんです。
でも、どこかでしっくりこない感じがありました。その違和感を、無視しないでいたんですよね。
そうしたら、気づいたんです。
「ああ、私はもっと、自分にしっくりくる本を書きたいんだな」って。
そう思って望みを言葉にしたら、ちゃんとそういう題材が集まってきました。しかも、そのために必要な文献や情報を、私は知らないあいだに自分で集めはじめていたことにも気づいたんです。
「あ、もう揃ってたんだ」
そんな感じでした。
預けると、ぽんと返ってくる
こういうことは、日常にけっこうあると思います。
ただ、意識している人が少ないだけかもしれません。
要は、ふっと湧いた思いを、
ぎゅっと握りしめすぎなければいいんです。
「これが絶対に正解だ」と決めつけなくてもいい。
「すぐに形にしなきゃ」と急がなくてもいい。
そう思えるようになれたらいい。
思いをそっと味わって、「これは自分でなんとかしようとせずに、一回預けてみよう」と、ぽんと手から離してみる。
すると不思議と、自分にとって必要なタイミングで、思いがけないかたちになって、目の前にやってくることがあります。
三日月のバッグみたいに。
電話が鳴るみたいに。
しっくりくる題材が集まってくるみたいに。
もちろん、全部がすぐに、わかりやすく返ってくるわけではありません。
でも、ふっと湧いた思いを大事にして、味わって、預けてみると、
「あ、これ、来たな」
という瞬間が、必ず訪れる。
私にとって、この瞬間がしあわせのかたちのひとつです。
大切なまま、手をゆるめる
今、なにかをぎゅっと握っている感じがあるなら、ためしに一度、ふっと天に預けてみてください。
「どうにかしてやろう」
「ちゃんと役に立とう」
「早く答えを出そう」
そうやって少し力が入っているものを、ふっと預けてみる。
それは、自分のなかから消すことではありません。
なかったことにすることでもありません。
大切にしたまま、ガチガチに固めるのをやめて、手をゆるめる。
そんな感じです。
そうすると、不思議なかたちで、ぽんと返ってくることがあります。
その返ってきかたは、私たち人間の手で握って引き寄せるよりも、ずっと大きな流れの中からやってくるように思います。
人間って、本当にちっぽけだから。
(いい意味で)
だからこそ、大いなるものに預けて、その流れを受け取るほうが、なんだか自然なのかもしれません。
りんごろからのしつもん
あなたが今、ぎゅっと握りしめているものはなんですか?
大切すぎて手放せない想い。
どうにかしようと力が入っている。
答えを急いでいるなにか。
その手を、ちょっとだけゆるめて、そっと天に預けてみる。
そうしたらきっと、あなたにとって必要なタイミングで、思いがけないかたちで、ぽんと返ってくるかもしれません。
大切なものほど、握りしめるより、あたたかく預けたほうが届くことがある。
そんなことを、最近の私はしあわせと感じています。
このおはなしは、ポッドキャスト「Little Talk(リンゴの皮むき)」でも話しています。声で聞いてみたい方は、ぜひそちらもどうぞ。
次回は、しあわせのかたち②をひもといていきますね。



