
ポッドキャスト「Little Talk」で、今の私が思う「しあわせのかたち20」を、ひとつずつ、りんごの皮をむくように紐解いています。
前回は、ひとつ目の「自分のひらめきや想いが、今につながっていること」をお話ししました。預けると、ぽんと返ってくる、というお話です。
今日は、ふたつ目をひもといていきますね。
ふたつ目のしあわせのかたち
ふたつ目のしあわせのかたちは、これです。
今この瞬間を、味わいながら暮らせること。
これがね、最近の私に、すごくぴったりなんです。
最近、すごく穏やかなんです
ここ最近の私、なんだか、すごく穏やかなんです。
自分で言うのもなんですが、ほんとうに、穏やか。
そして、穏やかになると、おもしろいことが起こります。
自分の中のフィルターが、なくなるんです。
ふだんは知らないうちに、いろんなフィルターを通して物事を見ています。
「これはこうあるべき」「あの人はこういう人」「自分なんて」。
そういうものが、ふっと、なくなる。
そうすると、物事が、すごく鮮やかに見えるんです。
景色も、人の言葉も、自分の気持ちも、ぜんぶ、くっきり、はっきり、鮮やかに感じられるようになる。
これが、「今この瞬間を味わう」ということなんだなあと、最近しみじみ思っています。
家族が、それぞれにつながっている
たとえば、最近すごく感じていることがあります。
うちは、子どもたちがもう、それぞれの場所で、それぞれの暮らしをしています。
みんな離れて暮らしているんです。
でも、不思議なくらい、みんな、つながっている。
距離なんて、関係ないんですよね。
朝とか夜とか、ふっと娘から電話がかかってきて、「ママと話すと落ち着くんだよね」なんて言ってくれたり。
次男も、いろいろあったけれど、今は自分で「こういう生き方をしたい」と選んで、穏やかに過ごしている。長男も、遠くで頑張っている。
そういう近況が、なんとなく、みんなから聞こえてくる。
それだけで、私はしあわせなんです。
誰かの幸せを聞くだけで、自分も幸せになる。
昔の私だったら、もしかしたら「ちゃんとしているかな」「大丈夫かな」と、心配のフィルターを通して見ていたかもしれません。
でも今は、フィルターがないから、ただ、その人の幸せを、そのまんま、鮮やかに味わえる。ありがたいなあ、と、ほんとうに思うんです。
体が楽だと、いまが味わえる
これは、心の話だけではないんです。
最近の私は、体を整えることに、けっこう時間を使っています。整体に通ったり、リンパを流してもらったり。
そうすると、体が、すーっと楽になる。
肩のこわばりや、重たかったものが、ほどけていく感じです。
そして、気づきました。
体が楽だと、気持ちが明るくなる。
当たり前のようだけれど、これがすごく大事で。
体がしんどいと、いろんなことにフィルターがかかってしまうんですよね。
「めんどくさいな」「早く終わらないかな」。今を味わうどころではなくなってしまう。
でも、体が楽になると、今、目の前にあることを、ちゃんと味わえる。ご飯を「おいしいな」と思えたり、窓の外の雨を「しっとりしていていいな」と思えたり。そういう小さなことを、鮮やかに感じられるんです。
だから、今この瞬間を味わうって、すごく心の話のようでいて、実は、体から始まっている気がします。
味わうって、特別なことじゃない
「今この瞬間を味わう」と言うと、なんだか特別なことのように聞こえるかもしれません。瞑想をしなきゃ、とか、旅に出なきゃ、とか。
でも、私の場合は、ぜんぜん違っていて。
ただ、フィルターを外すだけ。穏やかに、いるだけ。
そうすると、いつもの景色も、いつもの電話も、いつものご飯も、ぜんぶ、鮮やかになる。
特別な場所に行かなくても、今、ここが、もう、鮮やかなんです。
これが、私にとっての、しあわせのかたちのふたつ目。
今この瞬間を、味わいながら暮らせること。
これも、ほんとうに、しあわせだなあと思います。
今日の問い
あなたが今、知らないうちにかけているフィルターは、なんでしょう?
「こうあるべき」「ちゃんとしなきゃ」。
そのひとつを、今日、ふっと脱いでみる。
そうしたら、いつもの景色が、ちょっとだけ鮮やかに見えるかもしれません。
その鮮やかさが、今この瞬間の、味わいです。
このおはなしは、ポッドキャスト「Little Talk(リンゴの皮むき)」でも話しています。声で聞いてみたい方は、ぜひそちらもどうぞ。
次回は、しあわせのかたち③をひもといていきますね。



