頭で読んだ言葉が、心の言葉になるまで

「頭ではわかっているのに、心がついてこない」。

そんな頭と心の距離を、感じたことはありませんか。

わたしにもあります。
しかも、いちばん大切な場面で。

目次

頭は「信頼しよう」と言うのに、心配が勝つ

わたしの場合、それは子どものことです。

相手を尊重しよう。
信頼しよう。

頭では、よくわかっています。本にだって書きました。

それなのに、親心というものは、ときどき行き過ぎます。

心配が勝った瞬間、目の前の子が急に弱く見えてくる。本人の力が弱まったわけでもないのに、「私が助けてあげなければ」という気持ちが、むくむくと立ち上がってくるのです。

気づけば、救助隊の隊長のような顔をしています。笑

そうなると、体は重いし、気持ちはだるい。一日中そのことを考えて、もやもやします。

でも今のわたしは、この重さともやもやが、「その道じゃありませんよ」というサインだと知っています。

子どもの人生を信頼する道ではなく、わたしが心配の中に入り込んでいるよ、という合図です。

だから、「あ、またやってる」と気づいたら、そこから切り替えることができるようになりました。

母の背中から、生まれた願い

わたしの母は、とても心配症な人でした。
愛は、十分すぎるほど注いでもらったと思っています。

ただ、何かが起きて相談すると、母はわたし以上に落ち込むのです。

その姿を見て、わたしも一緒に落ちていました。

「お母さんがこんなに落ちるほど、私はダメなんだ」

そんなふうに思いがちになっていたのです。

その経験から、ひとつの願いが生まれました。

もし自分に子どもができたら、
その子がどんなに落ち込んでも、「大丈夫」とドーンと構えて言ってあげられる、最大の味方でいたい。

心配しない親になりたかったわけではありません。心配に飲み込まれたまま、子どもを見る親にはなりたくなかったのだと思います。

だから、もやもやの中に長く居座りそうになったら、自分にこう聞かせます。

ここじゃないよね、わたしの本来の居場所。
ここにいたって、誰の力にもなれない。
誰の力にもなれないということは、自分自身の力にもなれないということ。

さあ、何からやり直す?

誰かの力になりたいなら、まず、自分が自分の力でいられる場所へ戻る。

親心が行き過ぎたときほど、必要なのは、相手を動かすことではなく、自分を整えることなのです。

子どもは、こうして何度も、わたしを本来の道へ引き戻してくれる存在です。そんなとき、「子ども」という役割を担って、わたしと出逢ってくれてありがとう、と感じます。

親子である前に、ひとりの人とひとりの人として巡り会えたこと。
そのご縁への感謝まで、子どもは思い出させてくれるのです。

「大丈夫」は、口だけでは届かない

ここで、ひとつ確信していることがあります。

心が追いついていない状態で、誰かに「大丈夫」と言っても、その言葉は届きにくい。口だけで言っていることは、相手にも伝わってしまいます。

反対に、しっかり地に足がついた人から、「大丈夫よ」とドーンと言われると、「あれ、大したことないかも」と思えたりする。

そういう自分でありたい。

だからわたしは、誰かの背中を押す前に、まず自分を整えることを大切にしています。

自分の軸がくっきりして、根を張っている。揺れたとしても、自分の真ん中へ戻ってこられる。

そこまで戻ってきて初めて、「大丈夫よ」という言葉に、わたし自身の存在を乗せられるのだと思います。

言葉は、声だけで届くものではありません。

その人が、どこに立っているか。その人の呼吸やまなざし、佇まいまで含めて届いていくものです。

頭で読んだ言葉が、心からあふれた——届いたレビュー

『愛され力』という本を、わたしはこの一文から始めました。

あなたは、いまのままで大丈夫。

先日、この本にAmazonレビューが届きました。
書いてくださったのは、ぽめこさんです。

読みながら胸がいっぱいになったのは、まさにこの「頭と心の距離」を、渡ってくださった方がいたからでした。

全文を、ここに残させてください。

私は昨年末、「適応障害」と診断されました。

頭では「大丈夫」と思っていても、気持ちがついてこない。進みたい気持ちはあるのに、力が出ない。そんな、自分の心と身体がちぐはぐになったような感覚を経験しました。

本の中に、「頭では『大丈夫』と思っていても、気持ちがついてこない。気持ちは前へ進みたいのに、力が出ない。心と身体がバラバラになった」という一節があります。

まさに、私自身が感じていたことでした。りんごろさんと同じように、「この感覚を、もう二度と体験したくない」と思っていました。

この本には、

・素直力
・選ぶ力
・尊ぶ力
・本質力
・貢献力
・磨く力
・離れる力
・巡りの力

という「人の中にある八つの力」が書かれています。

私の心に特に残ったのは、「巡りの力」でした。

振り返ってみると、私が人生で経験してきたことは、この八つの力を少しずつ巡らせてくれていたのだと気づきました。

嬉しかったことも、苦しかったことも、ひとつも無駄ではなかった。

子育てや介護、仕事での出会い。思うように動けなかった時間さえも、私の器を少しずつ育ててくれていたのだと思います。

本を読みながら、その時々の自分に会いに行く時間になりました。

頑張ってきた自分。
迷っていた自分。
苦しんでいた自分。

そんな過去の自分たちを、一人ずつ抱きしめてあげたくなる時間でした。

そして、「はじめに」に書かれていた言葉。

「あなたは、いまのままで大丈夫。」

本を開いたときは、その言葉を頭で読んでいました。
けれど読み終えたときには、心の奥深くから、その言葉があふれてきました。

私は知らず知らずのうちに、人生の出来事を通して八つの力を育ててもらっていたのだと気づけたからです。

だから今は、過去の自分にも、今の自分にも、こう伝えたいと思います。

「あなたは、いまのままで大丈夫。」

そして、もう二度と体験したくないと思っていたあの感覚にも、

「ありがとう。大切なことを教えてくれて」

と伝えたいと思います。

自分を抱きしめてあげたくなる本でした。
この本に出会わせていただけたことに、心から感謝しています。

(『愛され力』Amazonレビューより)
 

ぽめこさんは、本を開いたとき、「あなたは、いまのままで大丈夫」を頭で読んでいたと書いてくださいました。

けれど読み終えたときには、その言葉が、心の奥深くからあふれてきた、と。

頭で知っている言葉が、心の言葉になるまでには、少し時間がかかることがあります。

けれど、そこに説得はいらないのだと思います。

必要なのは、自分が経験してきたことを一つずつ見つめ、「あのときの私も、精いっぱい生きていた」と気づいていく時間です。

過去を裁くのではなく、そのときの自分を迎えに行く。
そうして少しずつ、頭で読んでいた言葉が、心の深い場所へ降りていくのだと思います。

ぽめこさんの中で、その時間が流れたこと。
それが、書いた本人であるわたしの心まで、あたためてくれました。

本は、書いたら終わりではないのですね。

受け取ってくださった方の人生の中で、言葉がもう一度、生まれ直していくのだと思うと、こんな嬉しいことはありません。

心が戻ってくる術を、準備しておく

とはいえ、わたしの心も毎日揺れます。

子どもの心配も、性懲りもなくやります。笑

揺れることそのものは、止められません。大切な人がいるのだから、心配する日があるのも自然なことです。

だからわたしは、揺れない人を目指すのではなく、心が自分に戻ってくる術を、いくつか準備しています。

香りを変える。
家の中に風を通す。
掃除をする。
パートナーと対話する。

ときには環境の違う土地へ行く。
自分にパワーを注いでくれる場所を訪ねる。
友達と思いっきりはしゃぐ。

どれも、特別なことではありません。

けれど、香りが変わり、風が通り、体を動かしているうちに、心の中にも少しずつ余白が戻ってきます。

そうして軸がくっきりして、「地球とつながってるなあ、ブレてないなあ」と感じられたとき、わたしはようやく、「私は、今のままで大丈夫」を、頭ではなく心で感じるのです。

心配の中にいるとき、わたしたちは、誰かを助けなければと思います。でも本当は、最初に迎えに行くのは、自分なのかもしれません。

窓を開ける。香りを変える。誰かと笑う。

そんな小さな動作が、「ここじゃないよね」と気づいた自分を、本来の居場所へ連れ戻してくれます。

あなたにも、心が戻ってくる術が、ひとつあるといいなと思います。

もうすでに持っているなら、今日はそれを、ひとつだけ使ってあげてください。

あなたは、いまのままで大丈夫

その言葉が頭からゆっくり降りてきて、あなたのいちばん深い場所に、静かに根を張りますように。

『愛され力──なぜか大切にされる人の、静かでやさしい内側の力』は、Amazon Kindlでお読みいただけます。

あたたかい飲みものと一緒に、ゆっくりどうぞ。

りんごろ

最後まで読んでくれてありがとう
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