「愛を見直したとき、恋愛も仕事も人生全体が温かく動き出す」限定講座 12/12 NEW OPEN

「つまらない」は救世主。次の世界へ

(スポンサーリンク)

目次

「つまらない」を見逃さない

幼い頃から「つまらなく」なったら、そのこと自体をやめてきた。

やめるとは、意識や考え方を変えることでもあるし、居場所を変えることもある。人との関係性の中で距離を置くこともあるし、今までやってきたこと(例えば仕事や学び等)をやめることもある。

その時、罪悪感を感じる必要はない。
何故なら、それらは人を変えることではなく、自分自身を変えることだから。

つまらなくなるとは、「自分自身に対して」なんだよね。
それは、「もう、そのステージは卒業。次なるステージへと行きましょう」という合図。(ステージという言い方は好きではないが、分かりやすいように使っている) 更にいうと「もっと幸せになる世界は別にあるよー」と教えてくれている。

やめどきというものが私にはある。それが夢中になれなくなったことを自覚した時

誰かに言われて自覚することもあれば、鏡を見て「ブサイク!」だと感じて自覚することもある。私的な「ブサイク!」とは、本質とズレて今を生きていない表情=覇気がないという意味である。

「ワクワク」や「キラキラ」、それらの言葉を発していても【顔、疲れてるよね?】って瞬時で分かる時などもそう。 作り笑いや愛想笑い、身体の症状が出ている時も。「行かねば」「やらねば」の気持ちで動いて【学びがあった】と言い聞かせている時なんかもね・・・

結局 人間は「自分に(心にも身体にもエネルギーにも)嘘をつけない」。 
シンプルで、よくできたシステムだ。

本当にあなたを大切に思っている人は、もっと早くに気づいている・笑

他人と比べるから「つまらなく」なる

自分とまったく同じ人間は存在しない。
「比べる」から、羨んだり、心配したり、執着したり、コントロールしたり、恨んだりするような感情が生まれるんだと思う。

上記のような感情に愛のエネルギーはない。
いつも愛で満たさないといけない、ということはないが、愛のエネルギーを少しも感じられなくなると、人は枯渇し、寂しさで覆われる。その寂しさは「愛」を「ない」に歪ませる。

在るものは在るし、ないものにはできないのにね。

ここから抜け出すには、感情の奥の【本質】に目を向けるといい
 

・羨むのは、自分がそうなりたいから 
・心配は、本当なら信頼したいから
・執着は、惹かれてやまないから
・コントロールは、自分を抑えているから
・恨むのは、素直になりたいから

本質に目を向けたら、そこに愛をプラスしよう

本当は心から望んでいるから、そのものごと自体が目につくようになっている。
見たい映画のCMが目にとまる様に、好きな曲が耳に残るように、目の前に出来事は現れる。

そこで感情に覆われず、「自分こそ、そうなっていい!」と現実を自分に受け入れよう。
まず、人に起きた出来事でも、自分のことのように感じてみる。←やるだけはタダ、どこでもできる。

本質に愛をプラスするとは?自分ごとにしていくこと。
「そうなりたい!」なら
なりたいと思っている本来の自分と深くつながり、自分にこそ体験させていこう

そして、どんどん自分を気持ちよくしよう!←やるだけはタダ、どこでもできる。

・羨むのは、自分がそうなりたいから
ったら嬉しいか?事細かくイメージして体感する!
  
・心配は、本当なら信頼したいから
何を信頼すると、自分は安心できる?
  
・執着は、惹かれてやまないから
どこがどれほど好きか、好きで心を溢れさせよう
  
・コントロールは、自分を抑えているから
ひとつずつ、ベールを脱いでいこう。こっそり始めたらいい
  
・恨むのは、素直になりたいから
恥ずかしいことを並べて、少しでもできることから始めよう

つまらなく」感じるということは、そこに「溢れる愛のエネルギーがない」ということ。愛のないエネルギーは、人生で足を引っ張ることはあっても、何かを与えてくれることはない。進むこともなく現状維持、もしくは少しずつ後退する。

比べると、ある愛すら「ない」に歪めていく。愛を感じられなくなるなんて、生きていて、こんな不幸なことはないだろう。

つまらないとは、本質を見ようとせずに比べること。

限りある時間にやりたいことは、本当にそれ?

私がつまらなく感じたこと自体をやめてきたのは、「限りある時間にやりたいことは、本当にそれ?」と自問自答してきたから。つまらないことに時間を割くなら、大切なことに注ぎたい。

特に自分の気持ちを落とすことに関しては、そのこと自体を考えないよう、見ないようにしている。
私のSNSなんて、食べもの、インテリア、コスメばかり・笑

病人の多い中で育ち、両親も早くに亡くすという境遇が、限りある時間の尊さを私に教えてくれた。
それを実行することが私の使命だと思っている。

で、私の「限りある時間に本当にやりたいこと」は これでした。

愛の温もりを目一杯感じること。
楽しいこと、面白いこと、ユーモアが暮らしの中に溢れる生き方をすること。

この体験をどうしても今回の人生でやりたかった。
ここを追いかけて、ずっと走ってきたのかもしれない。

不思議なことに、私の望む生き方をまんま見せてくれたのは「娘」でした。
師とは、先をいく人ばかりではなく、目の前の人!みたいなぁぁぁぁあ

人を愛し、信頼し、よく笑い、大事なことはハッキリと伝える娘!いつも気持ちよすぎ!

人との出逢いや巡り合いって、予想外だから面白いんだと思う。
たとえ親子でも、他人でも。

だから、つまらないことはやめていい。
そんなことに時間を割いてられない!
 

今、望んだ以上に、愛とユーモアに溢れている暮らしを実感している。

嬉しい誤算は
実践したら、まわりも同じような愛とユーモアに溢れた生き方をする人ばかりなこと

また、今の私だから生まれる望みをそのまま望ませて、予想外の次の世界を楽しもうと思う。
   

りんごろ

最後まで読んでくれてありがとう
「心の温度が2°C上がる」Little Lettersの登録▼もお待ちしています♪

この記事が気に入ったら
フォローしてね!

よかったらシェアしてね!
  • URLをコピーしました!
  • URLをコピーしました!
目次