
私の「しあわせのかたち20」、7つ目は、
どんな結果になっても、結局はいい流れに向かっていくと信じられること。
これは、「全部うまくいく」と信じることとは、少し違います。
うまくいかないことって、ありますよね。
思っていたことと、ぜんぜん違う結果になることもあります。
でも、それも込みで
結局はいい流れに向かっているんだなぁ、と私は思います。
あとから振り返ると、
「あれがあったから、今がある」と思えることが、私にはたくさんあるからです。
「課題の恋」と言われた日
昔、ちょっと振り回される恋をしていました。
相手は、押したり引いたり、
こちらをドギマギさせるタイプの人で、私はずっと落ち着かなかった。
好きだから夢中になっているのか。
嬉しかったり、落胆したりするジェットコースターに、夢中にさせられているのか。
もう、わけがわからなくなっていました。
そんな頃、あるチャネラーさんに言われたことがあります。
「すごく大切な大恋愛の前に、自分らしい愛とは何かを教えてくれる、課題の恋ってあるんだよね」
当時の私は、目の前の人が好きでお付き合いしているわけです。
「いやいやいや。課題のための恋なんて嫌です。これがその大恋愛じゃないんですか?」
本気でそう言っていました・笑
でも今となっては、すごく当たっていたなと思います。
揺れながら、本当はわかっていたのです。
私が心から望む恋愛は、安定している恋愛だって。
それは、ときめきがない恋という意味ではありません。
ドギマギさせられることよりも、
相手の大事なこと、自分の大事なこと、これから2人で体験したいことを、ゆっくり話せる。
そんなゆとりのあるお付き合いがしたかった。
自分が望んでいるものとは違う方向へ行くから、頭がぐらぐらしていたんですね。
でも、あの体験があったから、私の中に恋愛の軸がすっと立ちました。
あのタイプの人の「匂い」も、わかるようになりました・笑
ありがたいことに、
今はパートナーシップの相談に乗ることが多いので、あの経験が、相談の幅も広げてくれています。
経験は、宝。
本当に、そう思います。
ぐるりと巡って、今の私に還ってきた
6月に本を出版したときにも、このことをものすごく感じました。
子どもの頃のこと。
切なかったこと。
摩訶不思議だなぁと思ったこと。
エッセイの形で書いたので、
思い出しては「あのときのあれがあったから、今がある」と、ひとつずつたどっていくような時間になっていました。
切なかったことがあったから、人の痛みがわかる私になった。
不思議だったことがあったから、問いを持って、本質的な答えを見つけながら生きる私になった。
ああ、やっぱりつながっていたんだ。
ぐるぐるっと巡って、今の私に還ってきている。
そんなことを、もう一度確認できたのです。
流れを信じるとは、意図を持って待つこと
ただ、流れを信じるというのは、何もしないで待つことではありません。
待つにしても、意図を持って待つ。
去年までの3年間ぐらい、私は動くことをセーブしていました。
更年期もあって、あふれる思いから動けるような状態ではないな、と思ったからです。
だから、決めていました。
今は、私の体のご機嫌をとってあげるとき。
動かなくていい。
時が来るのを、待っていていい。
そういう意図を持って、待っていました。
だから、開けたときには「あ、開いたな」と、すぐにわかりました。
開けると、何かが入ってくるから。
冷蔵庫だって、開けたら何かを入れられます・笑
そんな誰にでもある感覚です。
だから、入ってきたものにも「やっぱりね!」「やっときたね!」と思えました。
開いたら、学びが入ってきた
今年の3月ごろ、仕事で「Claude Codeを学んでみない?」と声をかけてもらいました。
そのとき、なぜか「これは絶対に学んだほうがいい」と思ったのです。
開いたと感じていたところに、すぐに学びが入ってきたから。
ここで大きく動くきっかけのひとつになる、と感じました。
そして、本当にそうなりました。
効率化できた分、
もっとやりたい仕事が自分の中に見えてきて、そうしたら、そういう仕事が舞い込んできた。
これは、望みには必要だな。
これは、ちょっと違うかもしれないな。
そんな風に
入ってきたものを全部つかむのではなく、自分で感じ取って、選び取っていく。
時が来たら、「来た!じゃあ、こうしよう」と動く。
そうしているうちに、迷いも少なくなってきました。
「今日は動かない」も、流れの中
どんな結果になっても、結局はいい流れに向かっていくと信じられること。
それは、
今の自分に「それでいいよ」と言えることでもあります。
今日の私は、どう動きたい?
今日は、やめておこうか?
それを決めるときの、ひとつの軸にもなります。
「今日は動かない」と決めて、
意図を持って待つことも、流れが止まっているわけではありません。
それももう、流れの中にいる時間なのです。
そうしていると、不思議とふたつの感覚を持てるようになれます。
未来の自分が、今の私を待っているような感覚。
そして、今の私が、未来を動かしているような感覚。
待っている私も、動いている私も、どちらも未来へ向かっている。
だから、今すぐ動けないときも、焦らなくなりました。
もし今、
動ける感じじゃないなぁ、というところにいるなら、無理に扉を開けなくてもいいと思います。
「今日は動かない」と、自分で決めて待つこともできる。
反対に、
「来た」と感じたなら、そのときは心を開いて、入ってきたものを見てみればいい。
これは必要だな。
これは違うかもしれないな。
そうやって、自分で感じて、選んでいけばいい。
止まっているように見える時間も、あとから振り返れば、ちゃんと次につながっています。
動く時間も、待つ時間も。
どちらも、自分の人生という流れの中にある。
私は、そう信じています。
このおはなしは、ポッドキャスト「Little Talk(リンゴの皮むき)」でも話しています。声で聞いてみたい方は、ぜひそちらもどうぞ。
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次回は、しあわせのかたち⑧をひもといていきますね。



