あなたの声が聞きたい。

母と今生での最後の別れのとき、いちばん思ったこと。
「声が聞きたい、言葉を心に留めたい」だった。

思えばわたしは
自分の想いや考え、本音を拙い言葉だっただろうけれど、伝えてきたほう。

それが適切な言葉だったとは思えないが、
相手が理解できるように、どのように伝えたらいいのだろう?をずっと考えてきた。

これまでの人生でいちばん時間を費やしてきたことは、想いを言葉にするために考えることだったとも言える。

育ってきた環境も大いに関係ある。

家族や周りは忙しい人たちばかりだったから「察してほしい」なんて悠長なことは言ってられず、伝えなければ本当に思っていることは聞いてもらえない、を肌で感じてきた。

次女として生まれたから、聞いてもらう機会も主張しなければ回ってこない。
それは放っておかれたという意味ではなく、見守られていたってことなんだけど。


伝えたとしても
言葉では伝えきれないことがたくさんあることを
物心がついたときには常に感じていた。

それがもどかしくて仕方なかった。

子どもの頃は、まだ「知らない言葉」「知らない世界」の方が多いから、伝える言葉も拙くて、本当に伝えたいことを伝えきれていないことだけは分かっていた。

そしてそれをなんとかしたかったから、わたしは想いを言葉にすることを今でも大切にしている。


幼稚園の最初の「おゆうぎかい」で、わたしはシンデレラ姫を演るように先生に言われたのだけど、オテンバだったわたしは姫役にまったく興味がなく、演じることがとても嫌だったから、それを先生に(多分拙い言葉で)伝えた。

でも、先生は「恥ずかしがっている」と思ったようで、まったくわたしの気持ちを聞いてくれる様子がない。

「セリフはテープが流れるから覚えなくていいんだよ」、
「ドレスも着れるよ」、と前向きになるような、安心できるような言葉を与えられるばかりだった。

自分がやりたいか、やりたくないか、ではないんだなぁと、それが教育でもあると知ったのは幼稚園児のこの時から。経験する大切さも教えられた。

まぁ、こういうことを思うこと自体、どれだけ「自分の自由にしたいんだ」って話なんだけど。

そういう意味でわたしは、自分の想いを自分で ものすごく知っていたとも言えるし、世の中は「自分の想いを貫くとワガママだと言われる」ことも知ったかも。

思春期に入ってからは、世の中に合わせることを自分に強いたとも言える。
生きていくための処世術を選び始めた頃から、あきらめを覚えたように思う。

覚えただけで、あきらめていないんだけどね、実は。

就職試験のときは、面接用に練習し、インプットしてきたセリフを伝え、好まれるような髪型、服装、笑顔で臨んだ。←処世術。

だから初出勤の日に「君は本当に面接に来ていた子なのか?」と言われたのは言うまでもない。自分の好きな格好に戻っているのだからw 
(ね?あきらめていないでしょ)

自分の想いや考えを伝えることは、わたしには生きることの一部。

そうしなければ自分を理解してもらえないのは当たり前で、相手のことも理解したいと思うから「声が聞きたい、言葉を心に留めたい」と常に思う。


でも、大人になってからも思ったのは
どれだけ聞いても、本当の声が聞けることは少ないんだということ。

どうして自分の想うことを、言葉にしないのか?

それは・・・
教育や環境の中で「正解」を求められてきたからなんだろうと、自分の子育ての中で強く思うようになった。

どのお母さんも、子どもが幼稚園児くらいの時は「元気だったらいい」と言うが
小学校高学年あたりからは、子どもにとって良き道であろう学歴を身に着けさせようと必死になる。

それが「子どものやりたいことなのか?」よりも優先される。
もちろん、悪いことだとは思っていないし、気持ちも分かる。
わたしも処世術を覚えたひとりだし、その方が世の中てきにうまく歩きやすいことも知っているから。

想いを適切な言葉にするには、
自分が本当は何を考えているか?
何を感じているのか?
この気持はどこからきてる?という自分への問いと、
自分の想いを、自分が肯定する力が必要となる。


自分への『問い』と『信頼』を自分に向けるのではなく、
大人の気持ちや正解に『問い』と『信頼』を向けてきた時間の多い人たちが、

自分へと、そのエネルギーをシフトさせたら、
どれだけ面白い世の中になるだろう。

「面白い」と言い切れるのは、
子育ての中で「なんじゃ!この子のとんがったもんは!!!」と感じながらも、個性に笑わせてもらったり勇気をもらったり感情を振り回してもらったり、、、

それで自分の本当の想いに気づかせてくれたり
心にダイレクトに走ってくる素直さ

つながり温もりという溢れる愛を与えられたから。

自分の想いを素直に表現する
これからもわたしは、そのサポートをやっていく。


母と今生での最後の別れのとき、
「声が聞きたい、言葉を心に留めたい」が叶わなかったのは

もう伝え合わなくてもいい、
感じ合える段階に入ったからなのかもしれない。

生きてる間の今世は、自分の想いを表現する言葉を伝えなきゃ、始まらない。

りんごろ

読んでくれてありがとう。

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